Beyond Visibility

不思議現象を「根拠を持って」科学する

多次元宇宙9

このような事情から、標準理論のアップデートへの期待が物理学者の胸の内にくすぶり続けている。しかし何と言っても現代物理学が抱えるより大きな問題は、各々が大成功を収めている量子力学相対性理論とを無矛盾に融合することができず、統一された一つの理論にまとめ上げることができていない、ということである。これは大問題である。現代物理学の二大支柱が互いに折り合わないのだ。各々が成功していると述べたが、それはつまり量子論と相対論のどちらか一方の効果が無視できるような局面において、残る他方が良く現象を説明でき、またそれを予測できる、ということである。だから両者の効果が共に顕著でどちらも無視できないような状況、宇宙最初期の非常に高エネルギーでかつ宇宙の曲率も非常に高かった時点であるとか、その存在は既に確認されているブラックホールダイナミクスと言ったものは、現状では物理学の言葉で精度良く語る事が出来ない。その内情について詳らかにすることはしないが、その解決策になるであろうとの期待の下に研究が進められているのが弦理論である。今までの標準理論では、原子や原子核よりももっと細かい、物質を構成する大本となる素粒子や力を媒介するゲージ粒子を空間的に広がりのない、まさに一つの点として扱っていたが、これを1次元的な空間的広がりを持つ弦(ひもの様なもの)と考え、粒子の種類の多様性はこの弦の振動状態の違いに起因する、とするのがこの弦理論である。点としての描出では、粒子どうしの相互作用を計算する際、その相互作用を構成する項の中にどうしてもエネルギー値の無限大が出てしまう。これは量子力学の破たんを意味するが、それを救ったのが日本人ノーベル物理学賞受賞者の朝永博士達で、くりこみ理論と呼ばれる、うまく立ち回ってこの無限大をなかったことにする神懸り的ウルトラE理論を提案した。言うなれば高カロリーな肉料理で採れてしまう脂質をなかったことにするウーロン茶理論である。そのインパクトはだてではなく、先ほどから何度も出てくる例の標準理論、これの構築に大きく貢献した。しかしこの神業にも限界があり、前述の四つの相互作用の内、電磁力、「強い力」、「弱い力」の理論には適用できるが、残念なことに重力の理論には適用できない。重力の場合に現れる無限大はタチの悪い無限大であり、くりこみ理論では対応できないのである。ここがまさに、量子力学相対性理論との無矛盾なる融合が困難なゆえんであり、現行重力理論である相対性理論を標準理論の枠組みで語ることができないのである。基本粒子を点で記述するのでなくひもで記述する弦理論では、基本粒子のその1次元的広がりがゆえに結果としてそのエネルギー発散の困難が回避される。
              ところでこのひも理論には副産物があった。それは次元数である。私たちが住んでいるこの世界は、何次元だろう?3次元という答えが返ってきそうだが、それは私たちの周りの空間を見渡して実感できる次元の数である。物理学的には時間を含めて、空間3次元、時間1次元の合わせて4次元と考える。標準理論は世界を4次元として記述している。相対性理論も同様である。一般相対論は重力を時空の歪みとして記述する理論であり、その予言する重力レンズ効果やブラックホールが実際に観測されるなど、こちらも観測結果の解釈や予言に成功しており、4次元描像に寄っている。一方弦理論の方はというと、この世界を4次元ではなく、より多次元の世界として描出する。と言うよりも、その理論の整合性の為にはこの世界は4次元であってはならない。ややこまごまとした話になるが、私たちの周りにある物質を構成する基本粒子は大別して2種類、クォークレプトンが知られているが、上述の四つの力を媒介する粒子の他にこれら物質構成粒子をも包含する弦理論は特に超弦理論と呼ばれる。何が超なんだ!と突っ込まれそうだが、ちょっと物理に首を突っ込めば「超~」というフレーズには割と良く出くわす次第である。「超なんとか」という用語が物理学者好み、ということで了承していただくことにして、とにかくこの超弦理論で取り得る次元の数、それは10次元である。私たちが何と10次元世界に住んでいるのかもしれないのだ!
              多くの物理学者を虜にするこの超弦理論にもいくつかのクリアすべき課題がある。まず、現実に多次元で構成される世界があるとして、ではなぜ我々には空間と時間合わせて4次元しか見えていないのか。4次元以外の残りの次元、余剰次元の空間が我々の知覚するレベルの低エネルギー領域では見えなくなる事を説明する必要がある。この問題に対する一つの仮説として、コンパクト化という機構が考案されている。余剰次元はあるにはあるが、その広がりがあまりにも小さすぎて目に見えない、観測にもかからない、という単純な発想である。先に、物質の系に高いエネルギーを与えるほどより微細な構成物が見えると述べた。今日までの高エネルギー実験では、10-16cm(一兆分の一万分の1cm)程度の空間スケールまでが観測できている。つまりコンパクト化の考え方が正しいのであれば、余剰次元の大きさはこれより小さいということになる。物理基本定数を組み合わせて得られる色々な単位のスケールをプランクスケールと呼ぶが、長さのプランクスケール、即ちプランク長さは10-33cmであり、もし余剰次元のスケールがこの程度だとすると、現在のような加速器での高エネルギー実験に頼る限り人類がこれを観測できるようになるのはまず絶望的と言える。要するに観測にかからない程度に小さいコンパクト化の下で余剰次元が存在したとしても、我々はその影響を受けず、仮に多次元世界にいるのであっても元々4次元に住んでいるのと実効的になんら変わりないのである。(つづく)
 
 
の中のVolume 5, Number 10, October 2013
"Fermion field in the vicinity of a brane"