Beyond Visibility

不思議現象を「根拠を持って」科学する

多次元宇宙10

              多次元世界についての別の捉え方もある。21世紀になって打ち上げられたWMAPと呼ばれる人工衛星により、非常に高エネルギーの火の玉としてスタートした初期宇宙のエネルギーの残光である背景放射の角度分布が高い精度で測定された。地球からどの方向にどの程度のこの背景放射のエネルギーが分布しているのかを、全天にわたって観測したのである。残光といってもエネルギーは低くマイクロ波の領域であるが、宇宙のどの方向からどの位の波長のマイクロ波がやってくるのかをそれまでになかった高い角分解能で全天掃引したのである。その結果どのような結論が得られたのだろう?
              我々の住んでいるこの宇宙、深宇宙へどこまでもどこまでも旅を続けたら、果ては何があるのだろう。そもそも「果て」なんてあるのだろうか。夜空を見上げながらそのようなことを考えた経験は誰しもあるだろう。天体の光が我々の目に届くのに何百年も何万年もかかる、ということは、遠くの宇宙を見ることは宇宙の過去を見ることに他ならない。であるならば、過去の宇宙はどのようであり、これからどうなっていくのであろう。宇宙が過去から未来へ向けて全く変動の無い形而上学的静宇宙なのか、ある時生まれて成長、成熟過程を経て死滅するのか、成長と収縮を繰り返す振動宇宙なのか。幾多のモデルが天文学者、宇宙物理学者達によって提案されてきている問題であるが、これについてWMAPは一つの観測的事実を突き付けた。我々の宇宙は現在膨張しており、なおかつその膨張が加速している、というのである。宇宙はその誕生以後インフレーションと呼ばれる現象でその大きさを指数関数的に膨張させた後、比較的緩やかな膨張を経て現在に至るというのが従来のシナリオであった。このシナリオに立てば現在の宇宙はたとえ膨張しているにしても膨張速度は減速しているはずであった。今観測される銀河や背景放射の分布もこのシナリオで説明できるとされていたが、WMAPによる精密観測等によりある時点から宇宙膨張が、インフレーション時以来の再加速を始めたらしい、と言う事が分かって来た。そこでこのような新しい宇宙観(インフレーションを含めて)を説明できるような理論を物理学者は欲するようになった。そしてこういった問題を解決する可能性の観点からも近年注目されているのが、ブレーンワールドという概念である。ブレーンとは、膜を表すメンブレーン(membrane)から派生した言葉で、文字通りこの世界を膜のようなものとして捉える考え方である。我々の住んでいるこの宇宙がバルクと呼ばれる多次元空間の中に、ブレーンと呼ばれる膜として浮かんでいるという描像である。膜と言われると私たちは何か薄っぺらなものを想像するし、この広大な広がりを持つ宇宙が膜だといわれてもピンと来ないかもしれない。普通我々が膜と表現するものは、針金の輪にできたシャボンの膜でも、水たまりの上に浮いた油の膜でもなんでもよいが、確かに薄っぺらな物体である。厳密に言うとこれらにも厚みがあり、その意味では3次元的とも言えるが今は厚みに関しては無視する。そうすると膜とは空間3次元に住んでいる我々にとっては2次元物質である。ある次元数を有する物体を、それより次元数が多い世界から見た時に、広い意味でこれを膜と表現すると思うと考えやすいのではないだろうか。4次元空間から見れば私たちの3次元空間もやはり膜(ブレーン)である。現象論の一つとして、この世界を余剰次元空間(バルク)の中に浮かぶ空間3次元時間1次元のブレーンとして記述するものがあり、精力的に研究が進められている。興味深いことに、バルクの中に存在するブレーンは、私たちの住むこの宇宙が乗っているブレーンただ一つとは限らない。他にもブレーンが複数存在するかもしれないし、またそれらが互いに交差したり、衝突したりと、多様な配置や相互運動をしている可能性があり、例えばあのビッグバンもそのブレーンのダイナミクスで説明が与えられるとする説が提出されるなど、その奥深さは計り知れない。更に、ブレーン自体の次元数も空間3次元とは限らない。ところで、多次元宇宙であっても我々が知覚している4次元以外の次元が見えないほどにコンパクト化していれば実効的に4次元に住んでいるのと何ら変わりない、と上述したが実際にはこれには注釈が必要であり、そうなる為にはブレーンの存在が不可欠となる。詳細は省くが、それ程つまりは多次元描像においてブレーンの概念は重要なのである。(つづく)
 
 
の中のVolume 5, Number 10, October 2013
"Fermion field in the vicinity of a brane"