Beyond Visibility

不思議現象を「根拠を持って」科学する

多次元宇宙11

              多次元で構成される宇宙。多次元性は、量子力学相対性理論を無矛盾に統合する超弦理論の整合性の為には不可欠なのであった。ところでこの多次元性は、どのようにして実証されるのであろうか。余剰次元の存在があってはじめて得られるような観測結果を、我々が現在行い得る実験研究の中に期待できるだろうか。実はここで先ほどのLHCが登場する。高エネルギーでの粒子衝突実験で、宇宙がトータル空間3次元時間1次元だったとしたら現れない、余剰次元の効果としての粒子生成が観測される可能性がある。余剰次元が我々の目には見えず今のところ観測にもかかってない原因として考えられている機構としてコンパクト化があった。余剰次元空間が見えないくらいにごく小さく、コンパクトに丸め上げられているという、大胆な仮説である。この発想自体は弦理論とは無関係に(しかし重力と電磁気力の統一という壮大な夢を持って)生まれた比較的古いもので20世紀初頭、ポーランドスウェーデンの数学者、カルツァとクラインが提唱した考え方であり、彼らの名をとってカルツァ-クラインコンパクト化とも呼ばれる。「次元が見えないほど小さく丸め上げられる」-何とも奇妙な言い回しだが、クライン自身が示した、分かりやすくてよく引き合いに出される例がある。一枚の紙を想像しよう。厚みを無視すれば紙の表面は2次元世界であり、紙の面にx軸とy軸を設定できる。ここでこの紙を筒状に丸めることを考える。筒の軸方向をx軸、円周方向をy軸とし、この円筒の半径をRとする。この時ある点を始点としてそこからy軸に沿って進んでいくと、円周分の距離、2πR進んだところで元の始点に戻る。つまりある点のy座標y'y'+2πRは一致する。丸め方をきつくして、この円筒をどんどん細くしていくことを考えよう。現実の紙では無理だが、Rが目に見えないくらいに小さくなるほど、超極細の円筒にできたとしよう。これはもう円筒というよりは線であり、一次元的な物質に見える。しかしよく見れば有限の太さのある、二次元的な表面を持つ紙の筒である。この、太さが認識できないほど細くすることがコンパクト化の骨子であり、我々の目には2次元のものが1次元のように、1次元分減じて映るのである。コンパクト化による次元の減少のイメージとはこのようなものである。ところでこの、1次元の線の様なものもよく見れば2次元の超極細円筒、と言うところの、「よく見る」とは、現実の世界ではどのようなことに相当するのだろう。身の周りのどこをどう目を凝らしても、余剰次元世界など見えはしない。ここで思い出していただきたいのが、微細な世界の観測のためには高いエネルギーを物質系に与える必要があるということである。余剰次元が小さくて見えないのであれば、高エネルギーの世界を探索すればよい。「よく見る」とは、より高いエネルギー領域で余剰次元効果を示す新粒子を探す事に相当する。我々の認識するこの4次元時空だけでなく、余剰次元方向にも運動している粒子を考える。この時の粒子の持つエネルギーは、目に見える4次元空間を運動する運動エネルギーと余剰次元空間内における運動エネルギーとに分けられる。この内余剰次元方向の運動は我々には見えないので、余剰次元方向での運動エネルギーは我々にはその粒子の質量として捉えられ(特殊相対論によれば、エネルギーと質量は等価である)、その大きさは余剰次元空間の大きさRに反比例する。この辺の事情はやや突拍子もない印象があるかもしれないが、そういうものとして受け取ってほしい。このような粒子をカルツァとクラインにちなんでKK粒子と呼ぶ。余剰次元の大きさRは現段階ではもちろん定かではないが、エネルギーをどんどん上げて行って1/Rを越えたところでKK粒子の発生を観測すれば、それがカルツァとクラインのシナリオに沿う余剰次元の存在を示すのである。これまでにない高エネルギー実験を可能とするLHCへの期待はこのようにして高次元宇宙の存在を示す観測結果へと拡がるのである。
              LHCで期待される余剰次元の効果をもう一つ、それがこの章の冒頭でふれたブラックホール生成である。実はこれも宇宙の高次元性を示す結果として期待されているものなのだ。ここでこのブラックホール生成について考える前に、少し横道(だが重要)にそれることにする。ブレーンを用いたモデル構築において課題となるのが、先にも触れた相互作用の大きさの余りにも不自然な格差の問題である。これは階層性の問題と呼ばれる。4つの力のうち、重力が他の標準理論に含まれる3つの力に比べて格段に小さいのであった。この問題の解決に一つの道筋をつけたのが、大きな余剰次元モデルである。これを考案3者すなわちアルカニハメド、ディモポーロス、ドュヴァリの頭文字をとってADDモデルと呼ぶことにしよう。このモデルでは、重力の異常な弱さをバルクの巨大さで解決する。重力以外の3つの力は我々が住んでいるブレーンに閉じ込められているとする。超弦理論ではこの宇宙全体を10次元として描出するが、重力だけが全次元空間を自由に伝搬できるのである。重力だけが我々の住むブレーンを脱してバルク内、そして存在するとすれば他のブレーンへと伝わることができる。一方その他の3つの力、即ち電磁気力、「強い力」、そして「弱い力」は我々が住むブレーン内に拘束されている。ブレーンに閉じ込められている我々には、同じようにブレーン上に閉じ込められている重力以外の力に比べ重力が言わば薄められ、弱まって見えることになる。その結果何が起こるのか?ブレーンワールド観特有の、感じる次元数を重力だけが異にするこの描像では、重力の法則が我々の知っているものから修正を受けることになる。詳細は省くが、このような多次元描像では我々の感じている重力定数は見かけ上の値つまり実効値であって、実際の重力定数は実はもっと大きいという結論になる。なぜLHCで高エネルギー粒子を衝突させるとブラックホールが生成するのか。重力定数平方根の逆数に比例する量はプランク質量と呼ばれるが、粒子を加速して衝突させる時そのエネルギーが重力で決まるプランク質量に到達するとき、ブラックホールが生成するのである。重力が他の3つの力と比べてとてつもなく小さいとしてきた今までの我々の見方では、我々が従来プランク質量と呼んできたエネルギースケールは極めて大きくなり、実験で到達するのが事実上不可能とされてきた。しかしADDモデルでは事情が異なる。重力定数は本当は見えている以上に大きく、それがゆえプランク質量は実はそれほど大きくなくて、ひょっとするとLHCでも到達できる程度なのかもしれない、という可能性が出てくる。重力は他の3つと異なりブレーン内に拘束されず余剰次元に漏れ出すため、ブレーン上にいる我々には妙にそれだけが小さく感ぜられていた。しかし実際には、プランク質量はアクセス可能な程度の大きさでありブラックホールの生成も可能となる。ブラックホールの生成が確認されれば、それはこの宇宙の多次元性を示すエビデンスと言えるかもしれないのだ!(つづく)
 
 
の中のVolume 5, Number 10, October 2013
"Fermion field in the vicinity of a brane"