Beyond Visibility

不思議現象を「根拠を持って」科学する

多次元宇宙13

              これと同様に、パラレルワールドの住人との意思疎通の可能性は考えられないだろうか。パラレルワールドといっても、この宇宙内の惑星などというのに比べると具体的に頭に思い描くのが難しく、ましてそれとの通信となるとどのような手段が有効なのか現時点で見当もつかない。ただ視点を変えて、それまでに既知ではあるが要因不明の現象が、パラレルワールドの存在を根拠に解釈できるようになる、ということはあるかもしれない。例えば今まで心霊現象としてひとくくりにされ、科学の対象外としてその探求の外に置かれていた現象の一部が、実はパラレルワールドすなわち他宇宙からのメッセージ、もしくはそれとの相互作用の結果であった、などということがあるかもしれない。あるいはパラレルワールドへの知識が増える中でその性質を利用して新たな条件下で起こるであろう現象を予測し、実際にその条件をそろえて予測された現象を観測することに成功、などと言うことも起こるかもしれない。地球外生命との交信もしくはその痕跡の探究が現に行われている今、パラレルワールドとの何らかの情報のやり取りは可能だろうか。この場合パラレルワールドとの相互作用のpathが開けている事が前提となる。ここには、地球外生命の痕跡の探索とは異なる、やや込み入った事情がある。上述のADDモデルでは、上述のようにブレーン間を行き来するのは重力子だけと考えられている。パラレルワールドが存在したとしても、四つの相互作用のうち重力だけが相互通行でき、例えば光で交信するということは、残念ながらこのモデルによれば不可能である。重力子という言葉自体も余り日常的ではないかもしれない。ここでは重力で引きあう物質間でやり取りされている、重力を媒介する粒子位に考えて欲しい。一般相対論では重力を時空のひずみとして記述し、例えば二つの恒星が互いに他の周りを回りあう連星系、あるいは超新星爆発など重力場に擾乱が生じる場合にはこのひずみが伝搬する。この「重力波」の検出の努力も長年行われてきているが、これが容易でない。時空のひずみと言っても、例えば太陽と地球の間の距離に対して分子一個の大きさ程度の距離の変化に対する感度が求められるのである。今のところその観測には成功はしていないのであるが、超新星爆発などで生じる宇宙由来の重力波検出も困難なのに、検出可能な程度の重力波を人工的に地上で起こすことなど、どんなに譲歩したとしても今後数世紀は無理との断言におそらく異論は出るまい。筆者が如何に楽天家を自称しようと、そこまで想定する気には残念ながらならない。ドラえもんなら或いは可能かもしれないが、感覚的にはドラえもんの出現を想定するのと同程度、或いはそれ以上のメガ楽天性が必要である。ともかくその様な心許無い重力波技術に頼ってしかブレーン間通信ができないというのであれば、他ブレーンワールドが存在しそこに知性を持った住人がいたとしても、事実上そのような通信は不可能ということと同じである。ブレーンの存在は物理理論の首尾一貫性から要請された弦理論から間接的に仮定されるが、ブレーン間相互作用が不可能な段階では、我々の知覚上は他ブレーンなどあってもなくても何も変わりはしない、ということになる。しかしここでも結論を急ぐ必要はない。ブレーンワールドモデル自体が定説化されているわけでなく、そのありようが百家争鳴の今の段階で、「重力波しか通信手段がない」と悲観し諦める必要はない。ブレーン間相互作用の他の形態の可能性が今後現れる可能性はあるのである。事実光子(光の粒子)のバルク内伝搬が可能なモデルは現時点でも存在する。上述のランドール、およびサンドラムが提案したモデル(RSモデルと呼ぼう)は、階層性の問題に対する新たな見解をもたらした。桁はずれな重力の弱さの要因をADDモデルでは巨大バルクへの重力拡散に求めたが、RSモデルではバルク空間の歪曲に依るとしている。我々の住むブレーンとは別に、重力を生み出す重力ブレーンが存在し、バルクを挟んで重力ブレーンと我がブレーンが存在する。巨大質量を有するブラックホール周囲の時空が激しく歪曲する様に、重力ブレーンと我がブレーンの間にある5次元目の空間が一般相対論に従って歪曲し、エネルギーの大きい重力ブレーン側に重力子が偏って分布している。我がブレーンの近辺には重力子の分布が少ない為に我々は重力を非常に弱く感ずる、というメカニズムである。このモデルでは大きなバルクへの重力の拡散をもって階層性の問題解決としない為にバルクは巨大である必要がない。ADDモデルでは場合によってはバルク即ち目には見えない余剰次元が実はミリメートル単位の大きさすら持ち得るとされ大きな注目を浴びたが、このモデルでは極小のプランクスケールでよい。ADDモデルのこの大きなバルクは本モデルのインパクトを増すものであると同時に、弱点でもあった。重力の弱さからくる階層性の問題に対する一定の解決策を与えるが、ミリメートルオーダの余剰次元は逆にエネルギースケールが小さすぎており、標準モデルの典型的エネルギーから見ると1314桁も小さい。これは第二の階層性の問題とされ、問題がすりかえられただけとも言えるのである。この点RSモデルはバルクが小さい為この第二の問題を生じさせない。新たな階層性の問題を生ずることなく重力の弱さを説明できているのである。更に、バルクが小さいこのRSモデルでは重力子だけでなく光子がバルクを伝搬し他のブレーンと行き来するとしても、観測事実に矛盾しない。光子を用いた他のブレーンワールドとの通信などというものが可能性が開けるのである。ばんざーい!と言いたいところだが、しかしちょっと待った、である。SETIが目指しているような、地球外知的生命体との光を用いた交信とは事情が異なる。夜空を見上げて、どこかにいるであろう宇宙人との光のやり取りは、ある意味では考えやすい。そのやり取りに年単位の時間がかかる問題はあるにせよ、技術的には相手方の存在が特定できたのであれば、あるパターンを持った指向性の高いレーザ光を当該方面へ照射すればよかろう。しかし目に見えない余剰次元とその向こうにある他ブレーンとなると訳が分からない。いったいどんな実験でどのように光を照射したら良いのか。再現性のある心霊現象があったとして、それが他ブレーンの存在の現出であると、どのようにしたら証明できるのか。しかしそんなことより大きな問題が横たわっている。RSモデルで仮に光を他ブレーンとやり取りしようとした場合、その光は超高エネルギーでなければならない。高エネルギーの光(電磁波)と言えばガンマ線だが、理論的にはバルクを横切る光のエネルギーは典型的なガンマ線より6ケタも高いエネルギーでなければならない。その様な超高エネルギー光線を自在に生成し検出する技術は今のところない。そして心霊現象の光学的部分に着目すれば明らかにそれらはずっと低エネルギーの可視光域で起こっている。これは第三の階層性の問題とも言える大問題である。心霊現象を物理現象としてブレーンワールドモデルで解釈しようとするならば必然的にこの第三の階層性の問題を解決する必要があるのであり、これはなかなかの難題だ。しかし学問の発展は多大なる困難の克服の歴史である。ここは今後の理論の進展を楽しみに、期待しようではないか。永年物理学者たちを悩ませてきた第一の階層性の問題、そしてADDモデルにおいて生起した第二の階層性の問題をそれぞれに解決するモデル(もちろんいずれもまだ実証されてはいないが)が提案されてきた。これからもまだ異なる解決策が提案されるかもしれないし、実験的検証も間違いなく進む。今後どのような発展があるかを拙速に判断することはできない。どのような余談も許されない。であるならば、科学的楽観主義、これで行こう!現時点で正当化できないがゆえにそこにはなにもない、では科学研究が余りにも面白くなさすぎる。(つづく)
 
 
の中のVolume 5, Number 10, October 2013
"Fermion field in the vicinity of a brane"