Beyond Visibility

不思議現象を「根拠を持って」科学する

多次元宇宙18

彼の話法の麻薬の二つ目はこの、証拠にならないものを敢えて証拠と言い切ることである。しかし明らかに証拠にならないものを証拠だと力技でまくしたてても、フォーマルな会議の場だとすればあるいは「それのどこが証拠だ?」と突っ込まれよう。そこにこの番組独特の、視聴者の冷静さを弱化する筋肉弛緩剤が作用する。まず話者たるS氏の不自然極まる身振り手振りが加わる。一つ一つのキーワードごとに大げさな、見ていて臭いくらいのポーズを決める。ヒトラーが聴衆のマインドを惹きつける身振りを研究して演説に臨んでいたのは有名な話だが、それを彷彿とさせる。しかしヒトラーに比べればたいそう下手くそであってとにかく不自然さが目につく代物であり比ぶべくもない。次にスタジオ内のタレントたちの、これまた大げさなリアクション。トークの区切りごとに感嘆の声を上げる。ブラジル行われるサッカーのワールドカップやオリンピックの会場でウィルスが撒かれるとの推測を提示するが、例えスタジオに詰めかけた観客を全滅させたとしてもそれによって人類の淘汰が行われることにはならないし、そもそもマヤ暦に出てくる年限とそれらのイベントの開催年は一致していない。このようなちょっとした矛盾も番組はスルーし、聴衆タレントの大げさな驚きの声にかき消されてしまう。このタレント聴衆の感嘆の声だけに注意を向けて番組を見ていると、驚くに値しないところで510秒に1回くらいしきりに声を出していることに気づく。番組の流れをスムーズにし、TV越しの一般聴衆を話に引き込む効果を狙ったものであることは容易にわかる。別の話者が心霊写真を見せた時にタレント聴衆の一人が下を向いて黙りこんでいるのに対し司会のタレントが、「怖がるのも仕事だ!」と突っ込みを入れていた。まことに正直な発言である。大げさな感情表現が、話者を取り巻く聴衆タレントたちに課せられた、意図を持って分担された役割の一つなのだ。雰囲気作りの声出し担当達なのである。更にもう一つの麻薬として、「~と言われている」論調がある。「あの岩山は宇宙エネルギーが集まるところで、宇宙との交信場所と言われている」など。これは受動態で語られているが、能動態に書き改めてみよう。「(○○が)宇宙との交信場所と言っている」。○○に何が入るのか。特定の個人や組織名では絶対にない。それが何者でどこから情報を得たのか、ととたんに追究されてしまう。その追及を逃れ、かつあたかも多くの人がその主張をしているかのようにぼやかす上でも受動態で語るのは都合がよいのである(前述の、ウィルスを撒く主体がぼやかされているのと似た、批判かわしである)。子供の喧嘩で「~とみんな言っている」と、あたかも自分の意見に皆が賛成しているかのように言うのと同じで、大勢の威を借りた、これも一種の権威づけである。最後に、わかるようでわからない「専門用語」の威を借りた説明づけ。そもそも宇宙のエネルギーとはどのようなものなのか。エネルギーとは物理学では位置エネルギー、運動エネルギー、熱エネルギー、光エネルギーなどとそれぞれに明確な定義のされている概念であるが、いわゆるオカルトに分類される人々は、この同じ用語を学問的に定義されていない使い方で用いており、そこが物理学者の側からのとっつきにくさ、相手にしにくさにもつながっている。ここでの宇宙エネルギーしかり、「霊界(霊的)エネルギー」しかり。「波動」も同様で、例えば霊能者は霊波動などという言葉を平気で使う。そして波長が強いからこの場所では霊現象が良く起こる云々との「説明」を付ける。波動の現象自体は海のさざ波等一般的におなじみであるが、霊波動などというものは誰しも知っているような概念とは言えない。例えば衝撃波とかソリトンなどの用語は、例え一般の人が海のさざ波ほどにはfamiliarでなくそれについて知識を持っていなくとも、求められれば物理学者はいつでも説明を与える事ができる。それはこれらの用語に明確な定義が存在するからである。しかし霊波動などというものを、定義されている言葉のみを用いて明確に説明してくれる人は霊能者の中にもいない。TVに出てくる霊能者は何かの神秘現象に対しいきなりこのような不明確な言葉を用いて、その解説なるものを行う。肝心のところで未知用語を用いた説明がなされるのであるから、結局聞き手は分からないままなのだが、何となく判ったような、きちんと説明を受けたような気にさせられる。そして彼らはまた、「波長が高い」とか「波動を測定すると」などと平気で言う。波長は波の長さであり、長い短いとは言えるが、高い低いという修飾はなじまない。測定する対象は「波長」、「振幅」といった物理量のはずである。「波動」とは物理現象であり物理量ではない。測定対象となるのは飽くまで物理量であり現象は観測対象であっても測定されるものではない。現象を測定などというのは日本語としておかしいのである。挙げ句に「波長が高くエネルギーが強いから云々」と。「波長が高い」が「波長が長い」という意味であるなら、物理学的にはむしろ逆であり、長波長ほど波動エネルギーは低い。物事を説明する際には、もし既に学問的に定義づけのされている用語を使いたいのであれば定義の通りに使うか、もしくは新たな定義を行って使いたいのであればその辺の事情を説明すべきであるが、そのような配慮をしている霊能者は皆無と言ってよいであろう。身振り手振り、聴衆の大げさなリアクション、著名人(ここではアインシュタイン)や見せかけの大勢の賛同者の威を借りる事、そして疑似専門用語による説明、これらは全て広い意味で自己の権威づけの一種と捉えることがでる。これが嘘っぽさを本当っぽく、黒をグレーに、グレーを白にしてしまう妙薬であり、麻薬なのである。
(つづく)
 
 
の中のVolume 5, Number 10, October 2013
"Fermion field in the vicinity of a brane"